2007年11月03日

旧渋沢邸「中の家」

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日本資本主義の父と言われた渋沢栄一。

実際には彼の住んでいた生家は火事になり現存していません。
この家は妹夫婦によって建てられたもの。
なので生家とは呼ばず「中の家」の名称で呼ばれています。
ただ、実際に栄一氏はここに何度も泊まった事はあるとの事でした。

ここにもシルバー人材のおじさんが居て色々教えてくれます。
もちろん全て無料。
深谷市は有料にするつもりが無いようです。

最近、色々出かけて思った事に、こういった場所には必ずシルバーの方がいますが、
皆さん本当に詳しくて説明するのが大好きな人ばかり。
こんな熱心な人を安い給料で働かせてるのも酷だなぁ〜と、思います。

おじさんは役所の方針について色々意見があるようで。
話しを聞けば「うんうん」とごもっとな意見ばかり。。。
ここでも現場のおじさんは役所の方針に疑問を感じるトコがあるようです。
(誠之堂&清風亭の案内してくれた人も色々言ってた)
役人も現場の声をもっと聞かないとね〜
あ、また役人批判になってしまった(^^ゞ

ここでは暑い夏、お客さんが可哀想だからと自費で扇風機を買ってました。
それ位お金出してやれよ〜

この程度のお金も出せないと言うのなら少し位入場料取れば良いのに。
現場のおじさんが可哀想になってしまいました(T_T)

あ、最後は全然違う話になってしまった(^^ゞ
posted by たくあん at 09:42| 東京 ☁| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月31日

清風亭(せいふうてい)

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先に紹介した「誠之堂」と同じ敷地内に移築されている「清風亭」です。

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【現地案内板より】

 この建物は大正15年(1926)に第一銀行2代目頭取、佐々木勇之助の古希(70才)を記念して、現在の東京都世田谷区瀬田に在った銀行の保養施設「清和園」内の建てられました。設計は銀行建築に活躍した西村好時、施工は清水組(現在の清水建設株式会社)が行いました。
 建築面積は168.48u、棟までの高さは5.836mを測ります。構造は鉄筋コンクリート造、外観は人造石掻落し仕上げの白壁にスクラッチタイル(ひっかき傷をつけたタイル)と鼻黒煉瓦(黒褐色のれんが)がアクセントをつけ、屋根には瑠璃色の釉薬(うわぐすり)をかけたスパニッシュ瓦(スペイン風を模した丸瓦)が葺かれています。大正12年(1923)の関東大震災を契機に建築構造の主流となった鉄筋コンクリート造の初期の事例として、建築史上貴重な建物です。
 平成9年(1997)、取り壊しの決定に伴って深谷市が譲り受け、平成11年(1999)当地に移築、平成16年(2004)3月23日、埼玉県の有形文化財の指定を受けました。

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深谷市の大寄公民館の敷地内に「誠之堂」と「清風亭」はあります。
ここでは受付に行き、見学したい旨を伝えるとシルバー人材の派遣されたおじさまが丁寧に案内してくれます(見学は無料)。
そして資料もいただく事ができます。

ここでは「渋沢栄一」の資料館、そして生家の事を教えてくれたので
早速資料館へ行ってみる事にしました。
(予定では他に行くつもりでしたけど。。。)

渋沢栄一資料館は体育館と同じ建物でした。
無料で見学する事は出来ますが撮影は不可。
なので写真は一切ありません。

ここでは貴重な資料を見る事が出来、生前の声を聞く事も出来ます。
写真で見る限りはとても優しいおじいちゃんって感じでした。

その後、生家に向かいましたが残念ながら時間切れ。
生家の見学は再度チャレンジとなりました。
posted by たくあん at 22:25| 東京 ☁| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

誠之堂(せいしどう)

はい、また深谷市シリーズ再開です(^^ゞ

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深谷市に初めて行ったのは別のお寺見学に行った帰りでした。
とりあえず見たい建物って事でここに来たわけです。

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【現地案内板より】
この建物は大正5年(1916)に第一銀行の創設者、渋沢栄一の喜寿(77才)を記念して、現在の東京都世田谷区瀬田に在った銀行の保養施設「清和園」内に建てられました。設計は後に大正時代建築の名手と称される田辺淳吉、施工は清水組(現在の清水建設株式会社)が行いました。
 建築面積は113.30u、棟までの高さは4.230mを測ります。構造は補強煉瓦造、外観は焼きの異なる3色の煉瓦が組み合わせて積まれ、煙突の真下には煉瓦で描かれた「喜寿」の文字を見る事が出来ます。屋根には天然スレートが葺かれています。
 建物の雰囲気は栄一の希望を元にイギリス風農家をイメージしています。室内には暖炉上の栄一のレリーフや古代中国の画法による祝宴の様子を描いたステンドグラスがあり、さらに中国、朝鮮、日本のデザインが取り入れられています。
 平成9年(1997)、取り壊しの決定に伴って深谷市が譲り受け、平成11年(1999)当地に移築、平成15年(2003)5月30日、国の重要文化財の指定を受けました

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この煉瓦建築は上の説明文でも書いた通り世田谷区から移築したもの。
では、どうやって移築したのかと言えばバラして運んだそうです。
煉瓦を1つ1つバラすのではなくてカッターで切ったそうで。
よく見るとカットしたあとがわかります。
もちろんここに移築した後はボンドで接着して完成。
部屋の中には一連の作業風景がパネルにして飾ってあります。

ボンドで接着と言えばエジプトのアブシンベル神殿。
アスワンハイダムを建設する事になり、アブシンベル神殿が水没してしまう〜
との事で移築計画が出ました。
これがユネスコの始まりです。

この時の移築方法として1つ1つブロック状にカットして運び出し
その後ボンドで接着して今に至るわけですが、このボンド、実は日本製。
日本の接着技術は世界に誇れるのもなのかもしれませんね。


誠之堂のすぐ脇にはサッカー場があるのですがボールが飛んできて危険との事。
保存には気をつけて欲しいものです。。。
ちなみに元の場所も庭が広がっていたそうでそんな面影を作ったようです。
posted by たくあん at 22:36| 東京 ☁| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

日本煉瓦製造株式会社・跡地

日本煉瓦製造株式会社のあった場所は綺麗な更地。。。
でも、2棟だけ残されていました。

1つは旧変電室です。重要文化財。
竣工1906年(明治39年)
塀の外から背伸びしてなんとか撮りました(^^ゞ
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多くの産業で電気が使われ始めた時期ですが
深谷市では最初に電線が引かれたのはこちらだったようです。
(一般に電線が引かれたのは1年後)


旧事務所。重要文化財
竣工1885年(明治21年)
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煉瓦製造施設の建造と煉瓦製造技術の指導者としてドイツから来た
ナスチェンテス・チーゼが住居兼事務所として使用した建物。

近年は資料館として使われていたはずなのに〜
何故閉館してる???(T_T)

あ、あともう1つあった。

巨大な煙突
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煙突を壊すのかな?2人で登って作業していました。
この下に重要文化財の窯があるのかなあ?
気になります。

とりあえずこれだけは見れたから良しとするか〜

そうそう、中には神社もありました。
奥には煉瓦が積んであるのが見えます。
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最後に遠景
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深谷市シリーズはまだまだ続きます。
延べ3日間行ってきました。
posted by たくあん at 23:36| 東京 🌁| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

深谷駅〜遊歩道終点・日本煉瓦製造株式会社

さぁ〜いよいよ終点の日本煉瓦製造株式会社です。
と思ったら大きな空き地が。。。
あれ???
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しばらく歩いているとレンガ塀が見えてきました。
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全然手入れがされていない門
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工場があった場所はすっかり綺麗な更地になっていました(T_T)
いや、たしかに工場は昨年閉鎖されたのは知ってるんだけどさ〜
ここの窯は国の重要文化財に指定されてるはずなんだけど。。。
それもすっかり綺麗に無くなっちゃったの???
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posted by たくあん at 00:29| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月24日

深谷駅〜遊歩道その5・レンガアーチ橋と備前渠鉄橋

公園から約20分程歩くとレンガで出来た橋が出てきました。
レンガアーチ橋です。そして奥には備前渠鉄橋があります。

橋の下には何故かザリガニの大群が。。。
良く見ると魚もいっぱいいました。
そしてナマズの姿も。。。

この川は稲刈りの季節になると水を止めてしまうそうです。
魚やザリガニ達は残った水の部分に集まってきてるようです。
通りがかったおじさんが色々教えてくれました。

良く見ると干からびて死んでるザリガニの大群も発見。
可哀想に。。。(T_T)

でも、カワセミも発見。
久しぶりに本物見つけてちょっと嬉しい(*^-^*)


この遊歩道ももうすぐ終点。
終点はもちろん日本煉瓦製造株式会社です。

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あ、正面から写真撮るの忘れた(T_T)

【カワセミ】
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posted by たくあん at 22:41| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

深谷駅〜遊歩道その4・福川鉄橋

高校見学も終え終点に向かって再び出発。
川の向こうには大きな公園が見えてきました。
そして公園の中には鉄橋が飾ってあります。

福川鉄橋です。

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【案内板】
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日本煉瓦製造株式会社専用線の福川に架設された鉄橋で、福川に架けられていたプレート・ガーダー橋と、その北側の水田の中に造られていた5連のボックス・ガーダー橋からなっていました。プレート・ガーダー橋は、全長10.1mで明治28年(1895)建設当初の姿をほとんどそのままに伝えており、現存する日本最古のポーナル型プレート・ガーダー橋です。
ボックス・ガーダー橋は全長22.9mで、洪水のときに福川から溢れた水の逃げ場をあけておくために設けられたものです。当初は木桁でしたが、順次鉄桁に変えていったようです。
ポーナル型プレート・ガーダー橋は、イギリス人の鉄道技師、チャールズ・ポーナルの設計による鉄橋です。日本の近代産業革命期の明治28年から34年(1895〜1901)に全国各地で建造されました。
福川鉄橋は、日本の近代化を象徴する産業遺構として、極めて高い歴史的価値をもっています。


【ボックス・ガーダー橋】
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【ポーナル型プレート・ガーダー橋】
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水田の中を通す鉄道。
普通は鉄道部を盛り上げてるものだが、水が溢れた場合の事を考慮して
このような形の橋をつくっていたようです。
ちなみに現在見るこのレンガは新しいようだ。


この公園、野良猫の住みかとなっています。
きっと10匹以上はいたのでは?
産まれたばかりの子猫もいましたが親の警戒心はゼロ。
完全に人間に頼って生きている野良猫でした。

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posted by たくあん at 00:52| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

深谷駅〜遊歩道その3・深谷商業高校記念館

遠目で見つけた素敵な建物は学校でした。

深谷商業高校記念館。
竣工1922年(大正11年)4月。

深谷商業高校の敷地内に以前の校舎が残されています。
今は隣に現在利用されている新しい校舎が建っています。

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posted by たくあん at 22:28| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

深谷駅〜遊歩道その1・つばき橋

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深谷駅から日本煉瓦製造会社までは以前、鉄道が敷かれていました。
全長約5キロ。
今では遊歩道となって面影を残しています。

つばき橋は駅から300m程歩いた場所にあります。
橋は当時のものとは違いますが基礎部分は当時のまま残されています。
もちろん基礎部分はレンガ。

子供達は釣りを楽しんでいました。
すぐ右側は高崎線。
posted by たくあん at 00:44| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

深谷駅

JR高崎線深谷駅。

埼玉県深谷市は日本煉瓦製造株式会社があった土地であり
現在は、「深谷市レンガのまちづくり条例」として
レンガ建築を新築すると奨励金が出るそうです。
http://www.city.fukaya.saitama.jp/tosikeikaku/rengawoikasitamatidukuri.html

深谷駅は平成8年現在の姿になりました。総工費35億円。
元々東京駅のレンガは日本煉瓦製造株式会社で作られたものであるので
深谷駅も東京駅を模して2年の歳月を費やして完成させました。

しかし、一見派手に見えるレンガ駅ですがちょっと違和感が。。。
実はレンガは化粧パネルであり重厚感が足りない。
やはり本物の東京駅にはかなわないようです。

しかし、駅前には明治時代の頃の雰囲気を漂わせた街灯を再現したり
市として力を入れている事は伝わってきます。

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【自販機もレンガに合わせている】
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【日本煉瓦製造株式会社の創設者である渋沢栄一氏の銅像が見守っている】
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posted by たくあん at 12:59| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月19日

究極自販機

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会社の近所にいつのまにか出来た見慣れない自販機。
良く見るとおでんやうどん、ラーメンも食べれる自販機でした。
この界隈じゃここでしか見かけてないけど秋葉原行けばいくらでもあるのかな?
posted by たくあん at 23:51| 東京 ☔| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

東京湾へ行こう〜最終回

色々寄り道しながら荒川を使わずに河口に近寄ってきてしまった(^^ゞ
荒川沿いを走りながら河川敷へ入る場所を探していると
何やら中学生らしき集まりを発見。

よーく見るとそれは金八先生の撮影でした。

おおぉ〜やっぱりここで撮影してるんだ〜
ここでしばらく休憩がてら見ようと思ってたらあいにく休憩中。残念。
気を取り直して河川敷を走り出しました。

するとここで又見覚えのある風景を発見。
それは金八先生で良く出てくる「堀切駅」でした。

テレビで見る通りホント小さい!
せっかくだから撮影を〜と思ったんだけど改装中。これまた残念(T_T)
そんなんでもとりあえず写真には撮ったけどね。
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その後すぐそばに河口から9キロの表示杭を発見。
いつのまにか随分と東京湾へ近づいたものだ。

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さぁ〜ここから一直線。
頑張るぞ〜と思いきや10分位すると綺麗なお花畑を発見。
ここで又休憩がてらちょっと撮影タイム。
寄り道ばかりして中々進まない。。。(^^ゞ

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その後もお花畑に寄ったり、水門を眺めたり、
荒川源流の石を見学しながら終点に到着。
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休憩時間も長かったけど河川敷に入って約1時間半。
やっと着いたよ〜♪
ずっと前からやってみたかった事だけどこうしてみるとやっぱり嬉しい。
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病院を10時に出て15時に到着。
かなり寄り道が多かったけどやっぱり疲れたなぁ〜
気分は良いけどね(o^-')b

この河川敷には本格的に自転車に乗ってる人達がとても多くて
この終点で物思いにふけってる自転車乗りも結構いました。
僕も30分位休みながら何となくボーっとしてました。

ここでふとお腹がすいた事を思い出しました。
実は朝かる〜く食べただけでお昼抜きでした。
この時点で15時半。
お腹もすくのは当たり前。。。

でも、このまま寄り道せず帰るか〜と思って走り始めましたが
疲れているのかお腹がすいてるせいなのかスピードが出ません。
どんどん他の人達に抜かれるし。。。

ま、あんな人達とタメはれるはずもないけど足の速さが違いすぎ。
間近で見るとやっぱり凄すぎ。。。

結局、北千住でコンビニに寄る事にしました。
ここでふとある建物を思い出しました。

ここの商店街に洋風なお洒落な眼科があるのですが
以前にも自転車で来た事があって撮影に来た事があるのでした。
でも、この時は疲れ果ててまともに撮影出来ていなかったので
今回再び撮影しようとかすかな記憶を頼りに探してみました。

久しぶりにまともに見るこの建物はやっぱり立派。
元々は1917年に建てられたそうですが今ある姿は1982年製。
つまりは立て直した姿なのですが以前の姿のイメージは残したままのようです。
今でもこんな素敵な洋風建築は作れるんだね〜しみじみ。。。

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99SHOPで薄皮あんパン(5個入り)とお茶を購入。
10分ほど食べながら休憩。

河川敷へ戻り走ってみるとさっきとスピードが違う。
自分でも驚いたんだけど体力が回復したのかエネルギー補給の影響か
とにかく元気に動けるようになりました。

途中少しの休憩を挟みながら環七の鹿浜橋に17時半に到着。
キロ表示を見ると河口から19キロの文字が。

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河口から0キロ表示の場所から終点までは1キロ位あったから
全部で約20キロだな〜

実際はここから家までまだ数キロあるけどね。

鹿浜橋に着いた時点でもう日も暮れています。
いや〜ホントよく走ったな。
単純計算で往復で約40キロ位にはなるかな。

予想通りだけどやっぱり河川敷を走るのは町中と違うつらさがある。
それは風。
常に風の影響を受けながら走るので余計な体力を使う事になります。
そんな中であれだけ走ってる人達は本当に凄い!

ちょっと疲れたけど気分の良い疲れでした。
posted by たくあん at 00:25| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月07日

東京湾へ行こう〜その2

千住大橋を渡った右手には松尾芭蕉の石像が。。。。
ここは奥の細道の出発点でもありました。
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ここは旧日光街道。
そしてこの近辺一帯がやっちゃば跡でもあったようで
そこらじゅうに屋号の木札がかかっていました。

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やっちゃ場とは今でいう青果市場のようなものです。

ここではあった屋号を全部写真に撮り案内図を眺めていました。
ちょっとした町興しみたいな物なのかな?
でも、全然宣伝はしてないな〜

こんな事をしてたので荒川へ向かう予定がまた道がそれてしまい
そのまま千住方面へ。。。

千住と言えば金八先生。
来週から金八先生やるんだよな〜と思い出し
ちょっとロケ地でも見てみようかと思いある場所を探してみました。

それは必ず出てくる低いガード。

金八先生と言えば必ず出てくる場所なだけにちょっと見てみたくなりました。
探してみるとしっかりありました。
本当に低くて小さい!
高さは1.6mと書いてありましたがその場に立ってみると
実際は僕の髪が触れる程度(身長は171センチ)。

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しかし、歩くには恐くて首を曲げながらでないと歩けません。
実際ここを通る男性は皆さんそのように歩いていました。

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しかも恐いのはそれだけではありません。
全部がきちんとしたトンネルになっているわけではなく一部は空が見えるんです。
だから通る電車を真下から見えるのです。
ある子供は電車が通り過ぎるのを待ってからトンネルを通っていました。

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商店街や学校も探してみようかと思ったけどそれはわからずじまい。
ここで本来の目的である荒川で東京湾まで行こうとやっと荒川へ。


まだ続く。。。
posted by たくあん at 15:33| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京湾へ行こう

今日から3連休。
だけど何も予定が無い(T_T)
それでちょっと前から構想していた事だけど荒川を下り東京湾まで行く計画をたててみた。

最近食べ過ぎだったので運動しておきたかったんだよね〜
それに久しく自転車で遠出をしてなかったし。

とりあえずは予約してあるいつもの整体へ。
「今日はどこか行くの?」と先生に言われたので
「これから荒川を〜」と言ってたらびっくりしてたけど
ま、普通にはやらない事だな(笑)

でも、ついでに色々行きたい場所があったので寄り道を。。。

まずは北区豊島にあるドック跡。

以前、戦跡調査のメンバーに案内してもらった場所だけど
ちょっと見ておきたい場所もあったのだ。
あの時はホント軽くしか見てなかったし。

するとはっきりと番号が書いてある「陸軍用地」の境界石を発見。
写真では番号しか見えないけど裏には「陸軍用地」とはっきり書かれている。
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しかも連番で2つもあるじゃん。
もう1つは埋もれていて頭しか出ていないんだけどきっと同じ仲間かな?
とりあえず新発見♪

で、そのまま荒川に行くつもりだったんだけど道を間違えてしまい
あらかわ遊園に行く事にした。

しかし、その途中で都電車庫で古い都電を展示してありつい立ち寄ってみた。
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何気にしっかり見てしまったのでまたまた時間が。。。

予定外の寄り道で時間をロスしたけどいつもの事。。。
こんな事でいつも新しい発見があり興味が広がる事もある。

あらかわ遊園に到着。
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ここは23区で唯一区営の遊園地。
何故ここに来たかったのかと言えばレンガ塀を見る為。

元々ここはレンガ工場の跡地でその後に遊園地になっていたのですが
戦時中は高射砲陣地になり、戦後に区立の遊園地となった場所です。

で、元々レンガ工場だった事もあり全長250mになる長いレンガ塀が
今でもしっかり残っているんです。
今は普通に民地になっていますがず〜っと長いレンガ塀。
これはかなり見応えありました。
つい最近知った事だったけどやっぱり来て良かったな。

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その後ついつい都電沿いに走っていたら荒川自然公園に到着。
ここにもレンガ建築が残っているんだけど中には予約しないと入れません。
だから遠目で眺めながら走って終わり。
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そのまま千住大橋を渡り荒川へ行こうと思っていたら奇妙な場所を発見。
ここは旧日光街道。
千住大橋を渡ったその場所は松尾芭蕉の奥の細道の旅立ちの地であり
やっちゃ場の跡地でもあった。


まだまだ本来の目的である荒川へには着かない。。。
続く。。。
posted by たくあん at 01:36| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月02日

茶色いミッフィー

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こんな色のミッフィーは初めて見たな〜 ̄(=∵=) ̄
茶色も可愛いけどやっぱり白の方が可愛いな。
posted by たくあん at 00:23| 東京 ☁| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月29日

イチモンジセセリ

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朝、会社へ行く途中で少しだけコスモスが咲いてる場所があって
そこで軽く撮ってみました。

何故コスモスにはイチモンジセセリが多いんだろ?
posted by たくあん at 08:25| 東京 ☔| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月22日

立教学院 校宅11・12号館

昭和6年に宣教師の為の住居として建てられた木造の洋風建築。
これが今月中に取り壊されてしまうと言うので早速見てきました。

今日は見学会を行なっていて受け付けを済ますと資料をくれました。
資料の中身は建物についての説明と設計図面。
無料なのにサービス満点でした。

中は左右対称の2世帯住宅。
階段は宣教師とメイドさん用と別れていて全部で4つ。
天井裏と地下室もありました。

この様式での木造二世帯住宅で現存するものは
もしかするとこれだけしか無い貴重なものなのです。

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2007年09月20日

近いけど行った事ない

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どうやら歴史ある木造建築が壊されてしまうらしい。
週末に見に行かなくては

http://www.rikkyo.ne.jp/grp/kohoka/univ_data/topics/topics2007/koutaku11-12.htm
posted by たくあん at 00:23| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

富岡製糸場

明治初頭、日本は生糸の輸出が盛んでしたが徐々に質が低下、
諸外国から不評が出始めました。

そこで、欧米に負けない立派な生糸を生産する為に
フランスから技師を呼び、作られたのが富岡製糸場です。

1時間の見学コースで説明を受け、ネットで色々調べたので
現在はそれなりに知識もありますが今はうまくまとめ切れないので
写真だけをとりあえず載せておきます。

ずっと以前から行ってみたかった場所なだけに満足。
ちょっと興奮気味だったかもしれません(^^ゞ

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posted by たくあん at 02:58| 東京 ☀| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

赤羽の赤水門

今日は朝の豪雨がウソのように綺麗な夕焼け空が広がっていました。
見る事が出来た人はいるかな?
残念ながら写真に撮る事は出来なかったけどね。

さて、前回は赤レンガを載せたので今日も赤繋がりって事で
今回は赤羽にある赤水門を載せてみます。

現在は下流に青水門が有り赤水門は単なるオブジェとなってるようですが、何気に夕焼けを見る穴場になってるようでカップルやオジサン、カメラを構えた人が太陽が沈む光景を眺めていました。

残念ながらこの日は期待した夕焼け空にはならなかったけどね。


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赤水門を渡った先には島があり、高校生の頃は野球も出来たのですが
島は削られ小さくなり、グラウンドは跡形もありません
現在は単なる小さな島です。いつにまに小さくなったんだろう〜


赤水門
posted by たくあん at 21:00| 東京 ☁| 風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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